ゼロから家庭用サウナを作る。真逆のふたりが導き出すサウナの可能性とクリエイティブの多様性

空間デザインを手掛けるCalが立ち上げた家庭用サウナブランド「Japan Sauna」。“数十年変わらない日本の温浴空間をもっと楽しいものにすれば、ライフスタイルはより良くなる”という想いのもと、同ブランドの設計からデザイン、制作まで、すべてを自分たちで完結させている。
2024年3月現在、今まさに今後のサウナビジョンについて構想を練っている真っ最中。そんなCal代表の真榮城徳尚さんが、これまでの人生で出会った人と会話を重ね、「Japan Sauna」のコンセプトを深める、いわば前日譚である本連載。
第1回に登場するのは、医学、ウェルビーイング、用途や目的などさまざまな観点から、サウナについて本気で考えている医師の塩谷隆太さん。サウナに並々ならぬ思い入れを抱くこのふたりがタッグを組み、さらなるサウナライフの革新を目指している。サウナ愛強めのふたりが、持ちうる限りのクリエイティブと知識を注ぎ込みながら対談した。
暇つぶしの積み重ねで成る人生

真榮城さん:
僕らは、塩谷さんが院長を務めた「クリニックTEN」を作るときに知り合ったわけだけど、最初の印象ってどうだった?
塩谷さん:
最初の顔合わせ兼打ち合わせのときにまあまあ遅刻してきたから、そういう人なんだなって。ゆるいなって思った記憶はあるし、まあ今に至ってもそれは継続されていますけれど。
真榮城さん:
いろいろ事情があったんですよ! 僕からしたら、いつもオンライン会議でマイクミュートにしている塩谷さんの存在、最初は正直すごい怖かったんですからね。
塩谷さんって医療から距離を置いているように見えるんですけど、なぜもっとガッツリ医者として働かないんですか? クリニックでもいいし大学病院でもいいかもしれないし、素晴らしい職業じゃないですか。
塩谷さん:
医療がどうとかじゃなくて、個人的な意見としてはなるべくひとりで完結させたいんですよ。パーソナルスペースが広いというか、チームっていうのがあまり好きじゃない。医療から距離を置いているわけではないけど、自分の中では週5勤務にしばられてまで行きたくないというのがありますね。
真榮城さん:
ちなみに塩谷さんの専門は?
塩谷さん:
形成外科です。外科だと助手が必要ですが、形成外科は自分で診断して、自分で術式を決めて、自分で手術をして摘出物を病理検査に出す。基本的には助手もつけないでひとりで完結させられるんです。
真榮城さん:
でも、医療ドラマを観ていると「みんなで一緒にこの大切な人を治すぞ、助けるぞ、頑張るぞ!」みたいな描写がかっこいいじゃないですか。
塩谷さん:
これはほぼ個人の性格、タイプだよ。やればできるけど基本的にはひとりで完結したい。ミニマムを好むというか、ひとりの世界が好きなんです。静かさを好むというか、騒がしいのはあまり好きじゃないんですよね。
真榮城さん:
僕は外交的なほうなので、本来なら塩谷さんとは相容れないはずなんですよね。
塩谷さん:
今、絶賛距離感調整中ですよ。
真榮城さん:
N極とS極みたいに、対極にいるふたりだからね。
塩谷さん:
くっついちゃうけどね(笑)、N極とS極だと。
真榮城さん:
そうね。でもくっつけなきゃいけないっていう状態なわけですよ。だって、ひとつのプロダクトを作っていかなきゃいけないから。いや、別に良いんですよ、距離置きながらでも。でもそんなんじゃ、つまらないものしか生まれないと思うんです。それだったら僕がひとりでやった方が早い。あえてこれをやるっていうのはどういうことなのか意味を考えると、無理矢理にでも化学反応を起こすことに意味があると思うんですよね。

ところで塩谷さんの学生時代ってどんな感じだったんですか? このプロダクトを成功させるヒントがどこにあるかわからないから、ぜひ教えてほしいです。
塩谷さん:
昔からこんな感じですよ。暇つぶしに、雑誌とか本を手当たり次第に読みあさっていました。あとはバスケ。実家にいるときですら、兄弟家族とすらそんなに同じ空間にはいなかったし。
真榮城さん:
自分が行くのはいいけど、パーソナルスペースに入ってこられるのは嫌だなって思うタイプなんだろうなとは思っていました。でも僕は塩谷さんが逃げようとしても入るよ! そのストレスから何かが生まれるかもしれないから頑張ってね!
僕、このプロジェクト中に塩谷さんと2、3回はガチ喧嘩したいと思ってるんです。わかっていますよ、塩谷さんの性格も考え方も。それを否定する気はないけど、それから逃げてしまうと、“大人なもの”しかつくれなくなっちゃう。僕はそんな気持ちでものづくりをしたくないんです。
塩谷さん:
昔だったら遠ざけてるけど真榮城さんの言うこともわかるから、実験の一貫だと思って、ある程度どこまでのストレスを許容できるのかを試してみます。ただあんまりストレスが強いとマイナスが出るから、お手柔らかに(笑)。
“ひとり好きの寂しがり”にはサウナがちょうどいい

真榮城さん:
ひとりで暇つぶしを楽しんでいた塩谷さんが、サウナにだんだん深入りし始めたきっかけは?
塩谷さん:
ずっと運動していたので、もともとサウナはよく利用していたんですよ。運動後の体をアイシングで冷やすようなイメージというか、自己流の温冷交代浴という感じで。当時は、凍えた体が温かさでほぐれてそれが気持ち良いと思っていたんですよ。
でも、30歳くらいのときかな? ととのえ親方と出会って、ととのうためには休憩という概念が大切だと教わりました。実際に自分でやってみたら気持ちが良くて、驚きましたね。この理由を医学的な観点から考えて導き出せたこともあり、サウナ後の休憩というのは概念で完成するんだなと思えたんです。このときまでサウナについて医学的な観点から考えたことはなかったんですが、それをととのえ親方に話したら「もっと聞かせてほしい」と言われて。
真榮城さん:
で、サウナ学会をつくった?
塩谷さん:でも表に出るのは嫌いだし、そもそも研究職ではないので後輩の研究者にお願いしました。
真榮城さん:
それは何年ぐらい前の話ですか?
塩谷さん:2014年とか2015年とかの話だから、もう10年ぐらい前になりますね。今となっては有名人のととのえ親方ともたまたま創世記に知り合っていたし、私自身も学会をつくったりしていたから、サウナ界で中心にいる人には簡単にアクセスできる状態だったんですよ。

真榮城さん:今の話を聞いていて思ったんですけど、サウナとの出会いもギークの延長じゃないですか!これ僕ね、塩谷さんの「楽しいこと」への欲求の低さが理由のひとつとしてあるのかなと思っています。だって、僕だったら「超楽しいっすね」みたいな話から「じゃああっちも行きましょう、こっちも行ってみましょう。なんか良さそうだから、ちょっと他の人にも伝えましょうよ」で終わっちゃう。それなのに塩谷さんは「なぜこれは気持ちいいのか」と追究するじゃない?超絶オタクな走り方ですよね。
塩谷さん:
そもそも、ととのえ親方って真榮城さん側の人間なんですよね。この前も「サウナに心を開いてないから、毛穴も開かないんだよ」って言われて(笑)。
真榮城さん:
うん。いやなんか、すごい俺もそっち側だけど……ちょっと面倒くさいね(笑)。
塩谷さん:
だから、そこはちゃんと否定しておきましたよ。「汗は毛穴じゃなくてエクリン腺ってとこから出るんですよ」って。「なんだよ、うるせえな! どこにあるんだよ、それ」みたいなやりとりを飽きもせず、いまだにやってる。サウナは信頼できる仲間と一緒に行くと、より関係性を深められるのが良いんだよね。
真榮城さん:
今までの流れでいくと、塩谷さんは「サウナはひとりで楽しむもの。サウナっていうのは自分にとってのメディケーションだからひとりで入るのが良い。入り方にも気をつけることで、より効果を実感できます」とか言いそうなのに、自分の信頼できる仲間といろいろな会話をしたいと思うのって、どうにも矛盾している気がするし、人間の揺れ動きの面白さを感じます。
塩谷さん:
矛盾はしないよ別に。だって限定的な空間じゃない?
真榮城さん:
さっきはあんなに誰かとつるみたくない、ひとりの時間が好きなんだと言っていたのに?
塩谷さん
よく言うじゃないですか。“人間みんなひとり好きの寂しがり”だって。多分それですよ。常に別にずっとひとりがいいっていうわけでもないし。
サウナというツールを使って築く、フラットな関係性

真榮城さん:
うーん、でもいまいち納得がいかない。だって、単純に良いものを広めたいだけなら“ひとりで入るためのサウナ術”を広めても良かったわけなのに、塩谷さんが広めたのは“コミュニケーションをとりながら入るサウナ”でしょ? なぜ「みんなにサウナを広げなきゃいけない」と使命感に燃え出したのか、やっぱりその理由が気になります。
塩谷さん:
昔はひとりで入っていたんですけど、この“空前のサウナブーム”が来たことで、知人をアテンドする機会が増えたんですよね。一緒に入ったほうが細かい作法なども教えられるじゃないですか。一応プロ側の人間になったので、正しいサウナを広めるのも自分の役割かなと思って、いろんな人と一緒に入るようになりました。
真榮城さん:
僕には、40歳になった塩谷さんがサウナという技を使って引きこもりから脱出したっていうふうにも聞こえたんですけど。
塩谷さん:
それはちょっと違うかな。でも、サウナというツールで社会との接点が増えたなという感覚はありますね。経営者や著名人など、サウナを通じて会う人がすごく増えました。サウナに1回一緒に入ると、飲み会に3回行ったのと同じぐらい距離が縮まる気がするんですよ。
真榮城さん:
たとえばゴルフをやる人は「一緒にゴルフに行くと、飲みに行くのの5倍仲良くなるんだよね」って言うし、麻雀やる人も同じこと言うし、もっと言うとクラブで遊ぶ人も同じようなことを言うじゃないですか。そういう中で、ほかと比べてサウナがいいなと思った理由はあるんですか?
塩谷さん:
まず、サウナはフラットな関係性を築きやすい。加えて道具も知識も経験も技術も何も必要なく、人を選ばないところも良いと思います。
攻めてナンボ!異色のタッグだからこそ、チャレンジングなものをつくりたい

真榮城さん:
で、結局何つくる? ここから。
僕は日本の生活文化の中に入り込めるかどうかチャレンジしたり、たとえば団地にある和室が全部“それ”に変わったとしたらすごいよね、みたいなものをつくりたい。いっそのことサウナという名前でない方がいいかもしれない。なんなら別にサウナじゃなくてもいいのかもしれない。
胸がはだけたランウェイの服をデザインする側をやらないと、その後にZARAが一般の人が着られるようにするっていう話になっていかないと。頂点からの“ものづくり”じゃないと、このペアは向いてないし、このペアである意味もなくなってしまう。
塩谷さん:
そうですね。私も3月からCalと正式に契約をして、これから本格的に始動し出すわけだし、そこから生まれる何かがあると思うから、なるべく本来自分では行かない方向に乗っかろうとは思っています。
真榮城さん:
生活環境をどう変えるか、日本の文化的な部分をアップデートするためにどうするかというところを考えているわけなんですが、僕はこのプロダクトのキーマンは塩谷さんだと思っているんですよ。コミュニケーション嫌いでコンピュータみたいに生きてきた“ほぼAI”が、サウナを通して人間に戻ろうとしているような、そんな人だからキーマンに相応しい。ぜひ、大きな方向を指し示すようなビジョナリーみたいなところを考えてもらいたいと思っています。
あと、塩谷さんにちょっと聞きたいことがあるんだけど、銭湯の文化って多分江戸から続く伝統として日本に根差しているじゃないですか。たとえば銭湯のサウナだったら、あんまり知らないけど頻繁に会う人がいて、たまに喋ったりするっていう距離感とか。これについてどう思いますか?
塩谷さん:
ファーストネームしか知らないとか、あだ名しかしらないとか、距離感もいろいろありますよね。たとえば京都のサウナってすごいんですよ。個人情報みたいなビジネスの数字の話とかが飛び交っているし、なんなら電話をしている人もいる。でもそこではそれがOKなカルチャーになっているから。土地柄や地域性も反映される空間で、だからこそ上手く機能する。それもひとつのカタチとして魅力的ですよね。
ただ、これに毎日入ると仮定すると個人的には少し重い気がします。フラットでベーシックなものがある中で、たまにお邪魔するくらいがちょうどいいかな。
真榮城さん:
なるほど。僕は、一生懸命作らなきゃいけないのは多様性を広げるって話ではないと思っています。それよりも次の時代のことを考えないといけないのではないかなと思うんです。
塩谷さん:
うーん、どうなんだろう。たとえば飲食を考えたとき、選択肢にはたくさんの種類があるじゃないですか。ハンバーガー、ラーメン、中華、フレンチ、味濃いとか薄いとか。私はサウナもそれと同じような感覚だと思っていて、いろいろな種類があるからこそ、好きなものを好きなときに好きなように選べる。
そんな中で、地味だけど基本となる部分をつくれないものだろうかと考えています。イメージとしては、丁寧に出汁をとったお味噌汁のような、そんなサウナ。

真榮城さん:
セントラルポイントを置けば正解というものづくりではなく、「多分次の時代のことを考えたら、こっちを取っておかないと世にとってよくないぞ」みたいなことをやってかなきゃいけないんじゃないですかね。
つまり“今のマーケットの中でどれが一番響くんだ”ではない答えを描く必要があるということ。どうせ40年後のマーケットの中ではこれが響いている状態なってるんだから、効率をちゃんとつくって、それを40年後ではなく20年後まで縮めるみたいな、僕たちが行わなければいけないのはそんな行為なんじゃないかな。
塩谷さん:
まずは本当に良いものをちゃんと作って、でもそれって地味だし伝わりづらいから、どうにかしないといけないっていうことかな?
真榮城さん:
いや、違う! それができると思っている時期が僕にもありました。正解と思えるもの、目指したい場所から逆算していけば、良いものができるでしょっていうふうにもの作りをしてた時期があったんですけど、言うほどできなかった。それだと、そこそこできる感じになっちゃうんだよ。
塩谷さん:
ただ、サウナ×茶の湯をコンセプトにした「The・」は正解だったと思う。結果論だけど、サウナと茶道の親和性って多分高いから。茶道では亭主がいて、来る人のことを考えて花を用意したり器を用意したりする。それはサウナも同じ。たとえばこの人は暑いのが苦手だから少し温度低めにしようとか、夏だからこのアロマを焚こうとか、お茶はこのタイミングで出そうとか。これって茶道の精神と近くないですか?
真榮城さん:
敵味方なく関係性を調和する茶の湯のイメージはクリニックから得た着想だったけど、たしかにこれはハマったよね!
サウナ大国での体験が、これからの日本人のためのサウナづくりに活きる
真榮城さん:
サウナストーブの視察でエストニアに行ったじゃない? あれ実は行くかどうかけっこう悩んだんですけど、結果的にはやっぱりエストニアには行っておいてよかった。行かないとわからない現地のカルチャーに触れられたのは大きかったと思います。
塩谷さん:
たしかに得たものは多かった。あの日は数年に一度の大寒波が起きて、停電してサウナに入れなくなって。その代わりに急遽行くことになった博物館での収穫が思ったよりも大きかったよね。
真榮城さん:
どうやらサウナの展示があるらしいぞっていうのを聞いてたんですよね。最初、僕はひとりでそれを探していて。
塩谷さん:
私も事前に現地な知り合いから地下に展示があるらしいっていう漠然とした情報は仕入れていたんです。だけど、全然見つからなくてウロウロ歩き回っていたら真榮城さんとバッタリ出くわして。
真榮城さん:
そうそう。僕は話しかけるタイプだから、エストニア語しか喋れない博物館のスタッフさんに「サウナのパンフレットを見せながら、これどこですか?」って聞いて、「ウーラリカヤ」って言われたとき、焦りませんでした(笑)?
塩谷さん:
意味わかんなかったですよね。そのスタッフさんの指の動きから、てっきり直進して右方向っていう意味だと捉えたんですけど、その通りに進んでみたらただの壁で心折れましたよね。
真榮城さん:
うん、だってあの展示スペースを見つけたのって、もう諦めてカフェに向かう途中のことだもんね。たまたま目に入った扉に「Uurali kaja」って書いてあったを発見したときは、さながらゲームのダンジョン攻略でしたね。
後から調べてみたんですけど、ウーラリカヤって多分“ウラル人の文化”とか“ウラル族”という意味。いわゆる森の中に住んでるその辺りの人たちがどういう生活をしてるかっていう展示だったんですよね。
そう考えると、なんで展示が地下だったのかというのも理解できる。日光が入らないところで、すごく暗い冬の森みたいなものを表現していたんですよね。イメージ的には、たぶんアイヌの人々の生活に近いようなことを、アイヌのイメージよりも圧倒的に暗くやっているというような感じ。
塩谷さん:
私が気になったのは、刺繍の模様や服がアイヌのそれと似ていたこと。もしかしたらどこかで繋がっているのかもしれないですし、ちょっと今度一回調べてみますね。どこかしらでルーツが繋がっているのだとしたら、それも使える一要素になるかもしれないし。
真榮城さん:
僕が一番気になったのは、抑圧感の中の神聖さかな。暗い世界の中で毛皮をどうやって作っているかという展示があったり、クマに襲われるギミックがあったり、ただの展示にも関わらずすごく抑圧された気持ちになっている自分がいることに気がつきました。その中で急に簡素な小屋型のスモークサウナが出てきたときは、これはきっとすごく神聖なもの、また特別なものだったに違いないと肌で感じられたというか。
貧しくて、命を保つことさえ難しい文化みたいなものの中で、このサウナ小屋っていうのは、たとえ炭まみれになってでも入りたいと思えるものだったんでしょう。温かく気持ちの良いことがどれだけ貴重だったのかというのを体験できた気がしたんです。
塩谷さん:
そうですね。サウナ自体はとても気持ち良かったし、マイナス何十度の池に飛び込んだのも楽しい思い出ではあるけれども、サウナ=エンタメではなくなりました。
私は北国の人間なのでしっくりくる部分もありましたが、それでも全部当てはまるわけではないし、そもそも日本全土が極寒の地というわけでもないし、他国の脅威に怯え続けた歴史をもっているわけでもないから、そのあたりも意識しなければなりませんよね。
真榮城さん:
エンタメという観点からも体験しに行ったつもりが、見方がだいぶ変わりました。ソビエト時代の抑圧を深く感じるような、その中で何とか楽しまないと精神がもたないぞみたいな感じがあったような気がしました。
エストニアのサウナは「マイナスの中でも何かしらの楽しみを見つけてやる」というような逞しさと気概が根本にある。これはあそこの文化圏、あそこで歴史を紡いできた人たちの文化圏であったからこそ必要だったものだったと思うんです。
視察を終えた今、僕が思っているのは、ただの輸入はやりたくないし、またそうなってしまってはいけないということ。僕らはあの文化圏で生きてきた人ではないから、あの抑圧の解像度が高いわけではない。だからそのままそっくり真似してつくったところで、すごく偽物っぽくなっちゃうと思うんです。
自分たちのオリジナルについて、ここで時間をかけてしっかりと考えて、それがハマればきっと伝播するものになると思います。
Text:小林ユリ
Photo:千葉顕弥
Editi:小林雄大
対談